【浪士組への参加者たち(浪士組名簿)】

18の(2) 知られざる水戸藩郷士大野謙介

4 勝野豊作との親交 翌嘉永2年3月には、謙介の長年の艱難辛苦も報われ、徳川斉昭の藩政関与が許されることとなった。幕臣で儒者の林鶴梁(伊太郎)の日記の同年9月9日の条に、「児島恭介と有之手紙来ニ付、開封、一過之処、国元ゟ鮭一尾呈上仕度、野村ゟ申来云…

18の(1) 知られざる水戸藩郷士大野謙介

1 はじめに 水戸藩の郷士大野謙介の名を知る人は、おそらく皆無に近いだろう。その大野謙介について、水戸藩主徳川斉昭の股肱の臣藤田東湖が茅根伊予之助(為宜)に宛てた、弘化3年(1846)9月7日付け書中に次の詩詞と2首の七言絶句が記されている(高橋多一郎著…

17 忘れられた傑士勝野豊作

1 出自と人となり 薩摩藩尊王攘夷派の志士有馬新七(正義・括弧内は原注とない限り筆者注記、以下同様)の「都日記」の中に、「此は秋の半過(安政5年)八月廿九日の夜になむありける。竊に日下部氏が(中略)家に至りて宿り、水戸の殿人鮎澤伊太夫、征夷府の…

16の4 村上俊五郎について(明治13年~同34年)

13 再び『海舟日記』の中の俊五郎の姿を追うこととする。明治13年は1月1日に「滝村小太郎。村上俊の火鉢五ツ出来につき二十五円遣わす」とのみある。滝村小太郎は、徳川宗家の家夫溝口勝如の配下である。火鉢は徳川宗家からの注文だったのだろうか。火鉢一つ…

16の3 村上俊五郎について (明治2年8月―同12年)

9 小松崎古登女が村上家を去って間もなくのことだろうか、明治2年(1869)の8月、俊五郎は市中取締りを免じられ、新たに金谷原開墾方を命じられた。ちなみに、この前月には新番組(前年2月24日に精鋭隊として発足し同年9月29日新番組と改称)頭の中條金之助ら250…

16の2 村上俊五郎について (文久3年―明治2年)

5 文久2年(1862)の11月末には、幕府による大赦が、その翌月の8日には浪士召募の方針が決定した。そして、同月29日には村上俊五郎ら「虎尾の会」の同志たちが正式に赦免されている。清河八郎が仙台の桜田敬助と戸津宗之進に宛てた翌文久3年正月10日付けの書簡…

16の1 村上俊五郎について (天保3年―文久2年)

1 明治になってからの村上俊五郎は、虎尾の会や浪士組で共に活躍した石坂周造のような華々しい活躍とは真逆に、自らを「棄物」と自虐するほど堕落した半生を送った。しかし、そうした俊五郎の頽廃には、それなりの理由があったはずである。また、維新後の俊…

15の2 石坂周造について(2)

六 石坂周造は、下獄後5年近くを経た慶応4年(1868)3月15日に出獄し、かつての同志山岡鉄舟(鉄太郎)に預けられたという。その出獄は、山岡が徳川家軍事取扱勝海舟に交渉して実現したらしい。山岡鉄舟は石坂放免の前月、精鋭隊頭歩兵頭挌に任ぜられ、前将軍徳…

15の1 石坂周造について(1)

一 石坂周造に関しては、手元でも前川周治氏の『石坂周造研究』、真島節朗著『浪士石油を掘る』と松本健一著『「高級な日本人」の生き方』の中の一編「明治の石油王」が確認でき、その人物像は比較的広く知られている。そこで本稿では、主にこれらに記されて…

14の12 【中国地方以西の浪士組参加者たち】

熊本県域からの浪士組参加者たち(5名) 姓 名 年令 所属等 家族・出身地・その他参考 大内志津馬 37 7番組小頭 ●不明 ・細川越中守家来土門宇右衛門5男 ●肥後熊本産 当時播州姫路浪人 ●文久3年4月20日付池田徳太郎宛て岳父後藤亥之助の書簡中「兎角当地(…

14の11 【近畿地方の浪士組参加者たち】

兵庫県域からの浪士組参加者たち (6名) 姓 名 年令 所属等 家族・出身地・その他参考 大島一学 後に学 名・正照 38 5番組 後乱暴者取押役 ●妻1人 ・松平修理大夫高近家臣大島一学子 ●摂州西成郡三ツ谷村出生 ・当時江戸鎌倉町住居(鎌倉岸荒木堂) ●柳生心眼…

14の10【中部地方の浪士組参加者たち(2)】

(愛知・福井・静岡・石川・富山県域) 愛知県域からの浪士組参加者たち(5名) 姓 名 年令 所属等 家族・出身地・その他参考 市岡重太郎 25 五番組 ●親両人 ●尾州浪人、当時麹町五丁目大横町本多巳之助(柔術家)方寓居 ●新徴組入り 「目録」に18番仁科五郎組平士…

14の9 【中部地方の浪士組参加者たち(1)】

(山梨・長野県域) 山梨県域からの浪士組参加者たち (19名) 姓 名 年齢 所属等 家族・出身地・その他参考 雨宮仁一郎 38 7番組 ●親妻子4人 ●八代郡東原村住居 ●「目録」に名なく去就不明。 石原新作 新蔵 (「麁調」に「新蔵即ち新作」とある) 23 5番組 ●親両…

14の8 【東京都・千葉県域の浪士組参加者たち】

東京都域からの浪士組参加者たち (14名) 姓 名 年令 所属等 家族・出身地・その他参考 岡戸小平太 43 道中世話役 ●親妻子5人 ・山角四郎兵衛元家来当時浪人 ●江戸牛込御門矢部栄之烝長屋住居 ●新徴組入り ・「目録」に35番中川一組平士、「組別名簿」に中川…

14の7 【埼玉県域の浪士組参加者たち(3)】

(は行~ ) 16名 姓 名 年令 所属等 家族・出身地・その他参考 蓮見源次郎 32 3番組 ●父1人 ●埼玉郡戸ヶ崎村居住(三郷市) ●「目録」に名なく、江戸帰還直後に加藤善次郎らと帰郷か。以後の去就不明。 ●神道無念流加藤善次郎の明治10年5月菖蒲神社奉額に門人名…

14の6 【埼玉県域の浪士組参加者たち(2)】

(さ行~な行) 17名 姓 名 年令 所属等 家族・出身地・その他参考 島野喜之助 42 3番組 ●母妻子7人 ●埼玉郡志多見村住(加須市) ・島野家は志多見村の旧家で豪農。(島野家分家で聴取・本家島野家は大地主で日枝神社まで他人の土地をふまず行けた富農だったが、…

14の5 【埼玉県域の浪士組参加者たち(1)】

(あ行~か行) 22名 ※当該名簿をご覧の際の注意事項は、ⅩⅣの1の冒頭に記してあります。 姓 名 年齢 所属等 家族・出身地・その他参考 新井清六郎 51 3番組 ●母妻子5人 ●埼玉郡菖蒲町住居(加須市) ●「目録」に名なく去就不明。 ●神道無念流加藤善次郎(3番組平士…

14の4 【群馬県域の浪士組参加者たち(2)】

さ行~や行 (37名) ※当該名簿をご覧の際の注意事項は、ⅩⅣの1の冒頭に記してあります。 姓 名 年齢 所属等 家族・出身地・その他参考 斎藤文泰 名・泰造 27 2番組 ●父妻子3人 ・天保8年生 ・兄は俳人墨粧庵培姿(斎藤半七) ●佐位郡境町住(伊勢崎市) ●村上俊平の…

14の3 【群馬県域の浪士組参加者たち(1)】

あ行~か行 (19名) ※当該名簿をご覧の際の注意事項は、ⅩⅣの3の冒頭に記してあります。 姓 名 年齢 所属等 家族・出身地・その他参考 青木谷五郎 35 2番組 ●母1人 ●新田郡市野井村住(伊勢崎市) ●「目録」に名なく去就不明 青木平六郎 名・正文 45 7番組 ●母…

14の2 【茨城・栃木県域の浪士組参加者たち】

※当該名簿をご覧の際の注意事項は、ⅩⅣの1の冒頭に記してあります。 茨城県域からの浪士組参加者たち (9名) 姓 名 年齢 所属等 家族・出身地・その他参考 小倉宗伯 称・宗次郎 (宗治郎) (宗二郎) 21 3番組 ●両親 ・百姓権右衛門子 ・「人名移動詳細」に「石…

14の1 【東北地方の浪士組参加者たち】

ⅩⅣ 【浪士組への参加者たち(浪士組名簿)】 当「浪士組名簿」は、『埼玉の浪士たち-「浪士組」始末記』上梓の際に調べた断片情報に、若干の補充をしたものです。資料の渉猟や現地調査もごく一部に限られた、不完全なものですが、わずかでも参考になればと思い…